待ち遠しい特別なごちそうの日
 お久しぶりであります、甘味が大好きなカマエルであります。たとえ商戦の一環であったとしても世界中のイベントお菓子が集まる時期はかならず「あえて」引っ掛かりに行くのであります。特にクリスマスとバレンタインとひな祭りと花見は外せないのであります。

 研修先の部隊でも、同じような楽しみを持った隊員がいました。どこから仕入れたのか、旬のデザートバイキングの招待券やら、限定メニューの情報やらをリークしてくれる不思議な隊員であります。戦闘以外では目隠しをとらず、しかし手元が見えていないとは思えない立ち居振る舞いがなんとも印象的でありました。



 クリスマス、それはおいしくて特別なごちそうが集まる日。人見知りなドゥームブリンガーもそわそわと街を見回すようになる季節だ。







(どうやらこういう飾りつけ等もつい眺めていくタイプらしい。)


 





 お菓子が大好きな、目隠しを手放さないほど人見知りなカマエルも、街のパティスリーをじっとのぞき込んでいた。目元こそみえないものの、わくわくした迷いが浮かべられていると思われる。



 



 



 



 



 寒くなるとみっしりと中身の詰まったケーキが恋しくなる。惜しげもなく洋酒漬けの果物を使い、たっぷりと砂糖をかけてラッピングされている。その分ずっしりと重たいが、手提げで持って帰る価値は十二分ある。




(どうしよう、今年こそは独り占めしようか・・・)




 シュトーレンはクリスマスまでに少しづつスライスして味わうお菓子だ。だが、この重厚な味わいがくせになり、1週間ほどでなくなってしまうのが現状。お客さんがあればついだしてしまうし、家族とわけると3日ももたない。クリスマスまでがますます遠く感じてしまう。今年は家族も自分も思う存分味わうために3つほど買ってみようか・・・




(でも、高いんだよなぁ・・・ひとつ8700アデナ。迷う値段だ。)




 もちろん宝石のようなタルト(3860アデナ)や、冬苺をみっしり飾ったショートケーキ(1ピース750アデナ、ホールは要予約苺に目と口がついてかわいい)も買うつもりだ。みんなで楽しむ用のホールは実家の長兄に任せるとして(ケーキより長兄の作る焼き菓子の方がたくさん食べられて好き。それにおいしい。)、こっちで自分が食べる分を確保せねばならない。



「うーん・・・」



 まだ迷いは尽きないのに、店内から背の小さいドワーフ店員の視線を肩や背に感じる。彼女は顔なじみだ。この忙しいときにも俺を見つけては気に掛ける気の回る人のひとりでもある。あれこれと見回す俺を見て、視線をはずした。店長のダークエルフに「またあの人いるよ」と伝えにいったのだろうか。




(あんまり長居してても、邪魔になるかな)




 目隠しがあっても感覚で人や物の距離や形、感情なんかも目隠し無しと変わらない程度わかる。共感覚能力の特徴だが、これで視覚も加わると実生活かなり疲れてしまうのだ。かといって図体の大きい上にあんまり見えてなさそうなカマエルはやや圧迫感があることも承知している。もう少ししたらとりあえず一つ買って今日は帰ろう。



 ぱたぱたと足音が近づいてきた。振り返る。背は高いから店長の方だ。笑顔の気配とやわらかな声がする。クラシックショコラのような落ち着きと華のある波長は心地いい。





「いらっしゃい、羽根のお客さん。いつも御贔屓に。」




「こんにちは。」




「もし時間があるなら、試食はどうですか?ちょっと新作を作ってみたんです。」




心が躍る。一体何だろう。




「いいんですか?」




「もちろん、よろしければ目隠しもはずしてぜひ目でも楽しんでください。」




「おっ、ついにうちの新作たべてもらえるんだね!」




 どうやらドワーフの店員のアイデアらしい。にこやかでカラフルな声で、期待が高まる。




「どんな新作だろ、楽しみです!」




「ふふ、では、こちらに。」




 店長の後ろについていく。歩くたびに衣服から焼き菓子とバターの香りがして、幸福でいっぱいになった。カウンターの備品や、キッチンの製菓材料の袋をよけ、シンクの前であろう場所にたどりつく。みずみずしい香りと、複雑な洋酒の香りが強くなる。控えめに、チョコレートの香りもする。これは、なんだろう?タルト?パフェ?




「しかし、前が見えていないのにきみすいすい歩くね」




「感覚と風で、初めてでなければわかるんです。ここは通ってますから。」




「初めて来たときも、ぶつからずに歩いてましたよ!」




「なんだ、みてたんですね」



 少し恥ずかしいが、目隠しをはずす。腕組みした店長と、ほー、とピンク色のドーナツ頭のドワーフが俺の顔を見つめた。その視線は俺の目元と顔に集中している。




「・・・・あ、あんまり見ないでください・・・」




 どぎまぎする。相手が見えていると感情なんかもはっきりと読み取れて過ごしづらい。精一杯相手の感情から意識をそらす。好奇心でいっぱいならまだいいが、時として考えていることまでわかってしまうとそれを気取られないようにするのに余分な力を使ってしまう。そうしているうちにいつしか、人の視線が苦手になっていったのだ。顔が熱くなってきて、たまらず顔をそむけた。



 



「あ、あぁ、すまんすまん。常連さんだけど、初めて見たなぁと・・」



 




「隠さなくても、かっこいいじゃない」



 




「感情や考えも、意識次第でわかってしまって・・・それで、その、人の視線が苦手なんです・・・。」



 




 ドワーフの店員が俺の顔を控えめにのぞきこむ。



 




「じゃあさ、うちが何考えてるか、読み取れちゃうの?」



 




「・・・・」



 



 おちつけおちつけおちつけ、2人ともよこしまなことは考えていない気味悪いなんて微塵も感じやしない、未知との遭遇で心がいっぱいのようだ。大きく明るい茶色の目を見て、深読みしないように気をつけながら意識を傾ける。



 




(や、やっぱり目をじっと見てる・・・。)



 




 困ったような顔をした自分が鏡写しになって見える。その先に、りんごとアップルパイ、苺のケーキの想像が見えた。ショーケースにならんでるデコレーションと同じ、どちらかがつくったことのあるものなのだろう。



す、っと意識を戻す。内心ほっとした。深層意識でも変わり者のように見ている感情がまったく見えなかったから。



 




「俺の目から、りんごとアップルパイ、苺のケーキのイメージしたんですね。店長かあなたが作ったんですか。」



 



 2人の目が丸くなる。ドワーフの店員はぴょこぴょことはねた。



 



「すごいや、うち、カマエルの赤い目をみるとつい考えちゃうんだ。きれいなつやのりんごと苺みたいでさ



 




「でも終着点はケーキになるんだな」



 



「そうなんだよね~って、試食にきてもらったのになにしてんだろ」



 



 冷蔵庫からトッピングださなきゃ、とくるくると立ち回る。店長も、おおそうだ、お茶いれるからまぁこれでも、と椅子をもってきた。ふと、飾り気のない皿に乗せられた「新作」に目を奪われる。小さなグラスに几帳面に層を成すパフェだ。プレーンとチョコのコーンフレーク、その上に敷き詰められたワインゼリーと黒葡萄、一番上にはゼラチンをまとった冬苺と、バタークリーム(生クリームではないのがまた贅沢だ。)、角切りのワインゼリーとクラシックショコラ、漆黒のダークチョコレートがとろりと控えめにかかっていた。



しっとりとした香りと装いにどきりとする。これはゆっくりと好みのお茶を入れて、じっくり味わいたい。・・・もしレギュラー化すればの話だが。



 




「はいはいただいま!さーこれで、いよいよ完成するよ!」



 



 威勢よく帰ってきたドワーフの店員は、小さなボウルから鮮やかな紅いソースをほんの小さじ仕上げに回しかけた。辺りに華やかで甘酸っぱい香りが広がった。



 




「これさ、並べる直前じゃないと香りとんじゃうんだよねー・・・」



 




「まぁ、ワインやなんやをふんだんに使ったから課題でもあるがな・・・だが、この惜しげのなさはいいとおもうぞ」



 




 まだまだ試作段階らしいが、十分に魅了されてやまない。ドワーフと店員が俺に向き直り、侍のような面立ちで「いざ尋常に」とスプーンを差し出した。それを受け取り、最後のドレスアップが終わった試作パフェの一番気になるところへと切り込んだ。華やかだが、心なしかくらくらとした気分を感じる。口に含むとその正体がわかった。



   



「これ・・・蜘蛛毒のワインですか?」



 



「おっ、鋭いけどちょっとはずれ。これねー、ドライアードの実とドレビアンワインをブレンドしたシロップなんだ。」



 




 おどろきながらもう一口食べようとしたところで、涼しくなるような後味を感じた。ドレビアンワインは主張の強い酒だ。ドライアードの実も爽やかな花の香りが鮮烈で個性が喧嘩しそうなものだが、見事な調和をみせていた。



 



「いま・・・後味でドライアードの実の味がしました。おいしい・・・!」



 



 



ふたりがにこーり、と笑う。まったりとしたクリームや、軽やかで濃厚なクラシックショコラ、苦く豊かな香りのチョコソースを行ったり来たり。冬苺のじゅわっとした甘い水気もたまらない。一体この一品にどれだけの手間とアイデアがかかっているのか。



 



「作った甲斐があるじゃないか」



 




「大人にならないと楽しめない甘いものですね。チョコレートも甘いばかりじゃなく、黒葡萄もちょっと渋めの引き締まったような・・・」



 




「意図したところをわかってくれるねぇ。もうちょっと厳しい意見がくるかと思ってたよ」



 




 ドワーフの店員はほっと息をつく。これだけ趣向が凝らされていていまさら何が口出しできるだろう。音なく差し出された紅茶を一口、すこし口をもぐもぐさせながら俺は思わず嘆息をこぼした。



 




「これ、早く商品化されないかな・・・一仕事終わった後にまた楽しみたいような気がします。」



 




「なんだか太鼓判もらった気がするや。へへ、試食付き合ってくれてありがと、お客さん!」



 




「しっかり見てもらえてうれしいよ。よかったら好きなケーキ、一個無料でプレゼントさせてもらいたい。」



 




「食ってばかりじゃ申し訳ないですよ。」



 




「協力してくれたのに変わらずお代いただくのもできないなーー!」



 



 



 結局、シュトーレン2個と、冬限定真っ白ロールケーキ、タルト2つを買い、ロールケーキの代金を受け取ってもらえず帰路についた。



(召喚獣3匹と店員2人じゃ勢い負けするよ・・・。)



試食中は召喚獣たちが接客、店先の整備をしていた。これは初めて知った。スペクトラルロードは触手と手で箱を組み立て箱詰めしながら会計を行い、ロールケーキ分のアデナだけ俺のポケットへ強引に返すことまでできようとは。触手一本でこれだけの攻防を一体で行う実力だ。召喚主たちがなんかスノーボールやら焼きドーナツまでいれていって随分と重たくなった紙袋を抱え直してギルドまでの道を歩く。ふと、歩いてくる人の1人によく見知った人がいることに気づく。眼鏡をかけてダーククリスタルローブに身を包んだヒューマンメイジだ。



 







「おかえり。えらく張り切ってるね。」



 



「ただいま、試食に付き合ったら、いろいろおまけされたんだ。」



 




 うちの長兄だ。すこし鼻声気味。その細い体躯に似合わない大きな調律器を片手に引っ提げている。バターを練り混ぜたり、メレンゲを生かしたまま素早く生地を混ぜたりする作業で持久力がついた、と少し前に三男が言っていた。







 



「属性レイドくらい出てこいっていわれてさ、せっかくだし前泊してこっかなって思ったんだ。晩ご飯作るから部屋貸してくれないかな?。」



 



「いいよ、それじゃこれ、一緒に食べよう。」



 




「ん、助かる!こっちもお土産あるからトレード楽しくなるな。」



 



 幾分か下の方でけらけらと笑う声がしている。なかなか頼みごとをしてこない性格なのですこしうれしい。



 



「な、今日のごはんは?。」



 



「ん、ねぎとろ丼とあさりの味噌汁。安く仕入れたから腹いっぱい堪能できるぞ~。」



 



「やった・・・!な、朝は卵焼きな、早起きするよ。」



 



 
「んにゃ、帰りにお出汁の素だけ買ってくよ。」




 長兄にとっては寒空を外に出なければならない用事であろうが、俺にとっては大好きな献立をめいっぱい食べられるいい日になった。卵焼きとインスタントのビスクスープ、という好きなもの集合体を実現してもらえるのだ。



 




 なんだか、クリスマスのはじけるような楽しみをずいぶんと先取りしてしまったようだ。





 そういえば、オーブンレンジを新調したので「世界のクリスマス料理」
「オーブン料理」なんかも手出しできるようになりました。衛生兵でありますが、なにか大物に着手したくなってきたであります。もちろん外食で和気あいあいも楽しいでありますが、型にとらわれないごちそうエンジョイデーもなかなか捨てがたいのであります。


 そろそろ大量のネギトロと刺身を腹がはちきれるまで食べるか、わがまま仕様のハンバーグプレートなんかを衝動的に作りたくなってきました。
休みもあるのでバタークリームを使ったブッシュドノエルにもチャレンジしてみたくなったなぁ。







馬路さん , バニラルンさん , 千代りんさん 他6さん が 「いいね!」と言っています。

  • 千代りん 2020.12.24. 15:07
    パフェをこんなにも緻密においしそうに表現できる方を初めて見ました。
    蜘蛛毒のワインってクエストにありましたよね。 他の食材にも聞き覚えが。
    確かにこれは目隠しを取って、目でも楽しまないともったいない逸品ですw

    シュトーレンって高いんですよね……その分手が込んでいるからですが。
    洋酒漬けの果物って、それだけを食べてもあまりピンと来ないのに、
    お菓子の中に入るとどうしてあんなに激ウマになるのでしょう。

    相手の目を見ると気持ちが流れ込んできてしまって辛いというのなら、
    目隠しを取っている間、相手に目をつぶってもらうのはどうでしょうか?
    ドワーフの性分なら絶対に薄目を開けるか、いっそ全開しますけれど!
  • チェローカ=ギルバート 2020.12.27. 15:28
    千代りんさん
    いつも読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
    途中なににしようか迷っていたらパフェが食べたくなって、そこからチェロまっしぐらでありました…。ディオンのお料理クエストにいっぱいあったでありますね。どれがどれかは忘れてしまいましたであります@

    洋酒と果物の魔法でありましょうか、値が張るだけの魔法であります…!
    バターや卵も魔法の一部と自分のはにらんでるであります(っ`ω´c)

    目が大きいでありますから、チラ見がばれそうであります!もはや手目隠しでありますw
    膠着状態でありますww!
  • バニラルン 2020.12.30. 19:24
    リネの世界にどっぷり浸れるチェローカさんの文章、大好きです。
    たべものの描写があると、まさにキャラに“生きている”感を感じます^^

    オークのNPCに話しかけると稀に
    「今晩は麺を茹でてクリームスープを煮たててハムを薄く切って……」
    と言ったりします。あれも好き^^
  • チェローカ=ギルバート 2021.1.1. 00:22
    バニラルンさん
    読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
    食べ物系の話をするNPCがいつも脳裏にありましたが、そんなにもスープパスタのメニューを考えている人がいるなんて…!気づかなかったであります。
    もうハムのカルボナーラ一直線ではありませんか…!(メニューが決まってしまった)
    セリフをよく聞く人でないと見逃してしまう作り込み発見眼、すごいのであります。
  • 馬路 2021.4.10. 07:43
    店員さん達が、人見知りカマエル君の心地良い距離をたもってくれてよかったです。
    心を読めてしまうことでたくさん傷ついてきたのでしょうね。
    怯えと緊張も伝わってくるようでした。
    暖かい光があふれるパティスリーでチラチラと輝く洋菓子は、とても魅力的で、どれもこれもおうちに連れ帰りたくなりますね。
    スノーボールや焼きドーナツもきっと太鼓判のお味に違いありません。
    大人なパフェにはどんなお茶が合うでしょう。
    香りを邪魔しないあっさりした物や、いっそワインやチョコの香りがついた物、フルーティな物、はたまたお茶ではなくシャンパン気分で炭酸水…
    なんとか想像でいただけないかと必死に試行錯誤してしまいました。
    長兄さんの作る焼き菓子も、もう一つ、もう一つと手を伸ばしてしまうと思います。
    ネギトロ丼は近いうちに作りたいです。実は苦手で一度も作ったことがないのですが、生まれて初めて「食べなきゃおさまらない!」って気持ちにさせられました。
    食いしん坊万歳なコメントになってしまいました。飯テロとても助かります。ありがとうございます。
    あなたの書く文章は不思議で、色も温度もにおいも質感もすぐそこにあるかのように想像できます。
  • チェローカ=ギルバート 2021.5.2. 22:37
    食いしんぼは我らが味方!ばんざいだあります!!w
    すっきりしゅわしゅわ、濃密に堪能、セオリー通りの味、どれもはずれなしでありますね…自分はしゅわしゅわがマイブームでありますw
    食べたくなった時が、体に必要なときでありますw

    な、なんだか深く読み込まれて恥ずかしくなってきたであります@