小説
剛剣士:歌う花
リ・チャソン
キム・ソンイ

ギエエエ!!

魔族の断末魔の声と共に、返り血が剛剣士の顔に飛んだ。しかし、どれほど返り血を浴びようと剛剣士は眉一つ変えることなく、魔族たちをなぎ払い、また次の獲物に向かっていた。

「まるで化物だな、あれは…」
「そういう風に作られてるんだってよ」

彼の戦う姿を見ていた周りの兵士たちがざわめき始めていた。

「もう全部、あいつ一人でいいんじゃないか?」
「まあ、おかげでこっちは楽できてるから、ありがたいけどな…」

兵士たちは剛剣士の後ろで、剛剣士の戦いを観賞するようになっていた。剛剣士の圧倒的な戦闘力のおかげで他の兵士たちに余裕ができていたのだ。しかし、だからと言って戦場で戦わず、仲間の陰口を言うことが許されるわけではない。

「何をしている貴様ら!!」

その様子を見た隊長の怒号が鳴り響く。

「そう訓練して育てただけだ!そんな無駄口を叩いてる暇があるなら、戦わんか!」
「は、はい!!」
隊長の怒号に兵士たちは慌てて剣を取りその場を離れていった。隊長はそんな兵士たちの背中を見て深くため息をつく。
そんなやりとりの最中でも剛剣士は黙々と魔族を斬り捨てていた。


剛剣士:歌う花


その日の夜・・・
他の兵士たちが寝静まるまでじっと待っていた剛剣士は、いつものようにそっと兵舎の外へと出た。
他の人間は自分のことを煙たがっており、自分もまた、他の人間と一緒にいることに馴染めなかった。

「人殺しの人間兵器」

自分がそう呼ばれていることは剛剣士も知っていたが、自分は生まれた時から相手を殺すことだけを教えられたのだ。人に忌み嫌われるのも仕方ないと思っていた。自分自身も、自分のことが人間だとは感じられないのだから。

だから剛剣士も一人でいる方が好きだった。戦う時以外は一人で行動し、食事も睡眠も誰もいないところでとっていた。他の人たちもそんな彼を呼び止めたりはしなかった。彼らにとって、剛剣士が敵と戦ってくれるのなら他のことなどどうでもよかったのだ。


*


兵舎を出てどれほど歩いただろうか。丁度いい樹木を見つけた剛剣士は持っていた大剣を木に突き刺し、その大剣の上で寝ようとした。
その時、聞き慣れない音が聞こえてきた。

「…?」

初めて聞いた音に剛剣士は寝床につくのを止めて、その音に聞き入っていた。
夜風と共にかすかに聞こえるその音は笛の音色だったが、生まれて初めて音楽を聞いた剛剣士には、その音色は未知のものだった。

そのせいだろうか?いつもなら戦いに関係ないことは興味がなく見向きもしなかった剛剣士は、初めて聞いたその音がする方へと歩き始めていた。


***


音に導かれるままに進むと、まだ草が生え揃っていない紅の草原が出てきた。そしてその草原の中に笛を吹く小さな少女が座っていた。
急に出てきた剛剣士に気付いた少女が驚くと、さっきまで聞こえていた音が消え、二人の間に静寂ともなんとも言えない空気が流れた。
好奇心に勝った剛剣士の一言が静寂を破った。

「それは…何なんだ?」
「え?」

剛剣士の質問に、少女は目を丸くして聞き返す。

「あの…それってなに?」
「それ…お前が持っている…」
「?…あっ、この笛のこと?」
「違う…それじゃなくて、それ…」

剛剣士の指は笛を指していた。

「だから、これは笛だよ?」
「違う、それから出ていた音…」
「音?…もしかして、曲のこと?」
「曲?」
「うん、これのことだよね?」

そう言うと、少女は笛を吹いて演奏し始めた。少女が奏でる軽快な音色は、少女を照らす月光と相まって剛剣士を魅了した。

「これが曲というものか?」
「えっと…音楽を聞いたことないの?」
「音楽…」

剛剣士は魅せられたように、少女の言葉を繰り返した。

「もう一度…もう一度聞かせてくれないか?その音楽というものを」

少女は剛剣士のおかしな頼みに少し首をかしげたが、少し考えると笑顔で応じることにした。

「いいよ。聞いてくれる人がいた方が楽しいもんね!」

少女の唇に笛が触れると、また美しい音色を奏でた。剛剣士は目を閉じてその演奏に聞き入っていた。それは、剛剣士が生まれてはじめて感じた「美しい」という感情だった。


***


剛剣士はそれから毎晩、少女と会った場所に行っていた。そのため、夜になると剛剣士が兵舎からいなくなることに気付く人間も出始めたが、そのほとんどは剛剣士のことを気にも留めなかった。しかし、隊長は剛剣士の状態を危惧していた…

いつもより早く会いに行き、いつもより遅くまで残って少女の演奏を聞いたある日の昼…

「しっかりしろ!!」

そう隊長が叫ぶと同時に、隊長の剣は剛剣士の脚にしがみ付いていた魔族の腕を切り落とした。腕を切り落とされた魔族は悲鳴をあげながら逃げていった。

「しっかりしろ!死にたいのか!?」

隊長は剛剣士を睨みつけながら言ったが、それでも剛剣士の目は揺らぎ動揺の色を見せていた。
その様子を見た隊長は仕方なく部隊を退却させるしかなかった。それは、剛剣士が戦場に投入されて以来、初めての出来事だった。

(もしかしたら魔族に怖気づいたのか?)

そんな考えがふと隊長の頭によぎったが、彼はすぐにそれを打ち消した。

(魔族に怖気づくなんて、あいつに限ってありえない・・・)
(いや、そもそもあいつは感情のないような子だった。なのに今日のあの様子は・・・)

隊長は頭を抱えて悩んだ。

(今日の様子がおかしかったとはいえ、そんな状態でも剛剣士の戦闘能力は高く、いまだ部隊にとって必要な存在だ。しかし、戦闘能力ではなく、心に変化が起きたのであれば…何らかの対策が必要かもしれない…)

そう考えた隊長は、杞憂かも知れないと自分に言い聞かせながら、夜に兵舎を抜け出す剛剣士の後を追っていった。
しかし、そんな隊長の思いは、少女と一緒にいる剛剣士を前にあっさり崩れた。

笛の演奏を聞いている剛剣士の表情は、隊長が今まで訓練していた中で一度も見たことのない表情だった。
疑念は確信へと変わり、何らかの対策をしなければと隊長は思った。

(壊れた機械は直さねば…)



***



「今日、何かあったの?」

少女の質問に、剛剣士は目を開けた。

「…何かって?」
「今日は…なんだか悲しそうな顔をしてるの」
「…」

少女の質問に剛剣士はすぐに答えられなかった。

「今日…」
「今日?」
「今日、魔族が<俺に助けてくれ>と言ってきた…」
「え?そんなこと…」
「ああ、魔族がそんなことを言うはずないって分かっている。…なのに俺にはそう聞こえた。俺の脚にしがみ付いて<助けてくれ>と…、<殺さないでくれ>と…そう聞こえた」
「…」
「お、俺は…今まで戦うことに理由なんて必要なかった…」

剛剣士は自分の両手を見ながら続ける。

「なのに…最近これでいいんだろうかと思えてくるんだ…俺がやっていることは…果たして正しいのだろうか?って…」

剛剣士は答えを教えて欲しそうな目で少女を見つめた。少女は何も言わずしばらく剛剣士の目を見た後、ゆっくりと歩き始め、剛剣士も少女の後ろを黙って付いて行った。しばらく歩いていると少女がしゃがみ込み、剛剣士が後ろから覗くと少女は草原に生え始めている小さな新芽を見ていた。

「おじさん、知ってる?ここって人間の血と魔族の血のせいで草一つ生えなくなって、捨てられた場所だったんだよ」

少女は大事そうに新芽を撫でながら言葉を続けた。

「魔族を殺すことって…正直私はよく分からない。何が正しくて、何が間違っているかなんて…でも、これだけはハッキリと言えるよ。おじさんが魔族を倒してくれたおかげで、新しい草が生え始めたの…みんなが傷つかないようになったから…私はすごくうれしいの」
「それは…」
「でも…」

少女は強い口調で剛剣士の言葉を遮った。

「でも、そのせいでおじさんがつらい目にあったり、おじさんが傷つくなら、やらないで欲しいな」

少女は剛剣士の目をまっすぐ見つめながら近寄り、剛剣士の胸に手を当て、心臓の鼓動を感じながらさらに続けた。

「自分の心が痛いなら、人のために自分を捨てないで。自分がやりたい時だけ・・・その時だけやれば十分だよ」

少女は<それが当たり前でしょ?>と言わんばかりの表情で剛剣士を見つめ、そしてゆっくりと優しく微笑んだ。
その微笑に、剛剣士も思わず笑顔を浮かべていた。生まれて初めてする笑顔だった。

「あ!そうだ!」

急に何かを思い出したのか、少女は自分の懐から小さな袋を取り出した。

「これを一緒に植えよ?」
「これは・・・?」
「この種は歌う花の種だよ」
「歌う花?」
「この種を植えて曲を聞かせれば、その曲を覚えて、花が咲く時に一度だけその曲を聞かせてくれるんだって!」
「そんな花があるわけ…」
「ほら、手伝って!」

少女は剛剣士が返事をする間も与えず、彼を引っ張って草原の中に入っていった。

そうして二人は一晩中、草原に種を植えたのであった。その様子を暗闇の中で見ている隊長の存在に気付かぬまま…



***



数日後、
あの日から剛剣士は、戦場からもう離れたいと隊長に言おうと、毎朝、隊長の兵舎前まで行くが、
その扉を開けられずに去ることを繰り返していた。

剛剣士が戦場から離れたいと決心したのは少女の言葉がきっかけだった。

(自分の心が痛いなら、人のために自分を捨てないで。)

今まで自分が戦う理由について考えたことも無かった。命令が下ればそこへ行って、魔族を殺すだけだった。
でも、もう戦いたくない。今はただ少女の側に一緒にいたいと剛剣士は思っていた。
そして、そのためにはここから去らないといけない。
しかし、それを隊長に伝えられずにいた。

自分を今まで訓練してきた隊長だ。何を言われるか…そして、許可してくれるかも分からない。

そんな葛藤に悩まされながら、隊長の兵舎の前で何時間もうろうろしては日が暮れ、また翌日も同じ事を繰り返していた。
この日も隊長が兵舎から出てこなかったら、剛剣士は同じ事を繰り返していたかもしれない。
しかし、剛剣士の葛藤は兵舎から飛び出してきた隊長と共に終わってしまった。

「おお、そこにいたのか」
「た、隊長!…」
「丁度いい、私と遠征に行くぞ!」
「今ですか?」
「急げ!!詳しいことは移動しながら話してやる!」
「は、はい!」


*


わけも分からないまま、剛剣士は黙々と隊長に付いて行った。昔から命令に対しては黙って従うことが当たり前になっていた。

(結局何も言えずに、また戦場に戻るのか…)

そう思うと剛剣士は自分自身に呆れて作り笑いをしていた。しばらく隊長と一緒に歩いていると、何かが剛剣士の耳を刺激した。その音は遠すぎて風の音に紛れるほどかすかだったが、剛剣士にとっては聞き慣れたものだった。

人間と魔族の…悲鳴…!

声のする方向を確認しようと剛剣士は周辺を見渡した。声は自分が向かっている方向からではなく、剛剣士が来た方向、兵舎と少女のいる方向から聞こえていた。

その瞬間、何かが起きていると思った剛剣士は急いで来た方向に戻ろうとした。しかし…

「…放っておけ」
「!?」

隊長の呼び止めに剛剣士は足を止めた。

「村が危ないです。早く戻らないと…」
「だからこそお前を連れて出たのだ」
「?!それは…村が攻撃されるのを知ってて村を出たということですか!?なんで…」
「魔族は自分がやられると、仲間を集めて戻ってくる習性がある…」
「何を言って…!?」

ふと剛剣士の頭の中にある魔族がよぎった。
自分の脚にしがみ付いて助けてくれと言っているような魔族…そのせいで、殺せないまま逃がしてしまった魔族の姿が浮かんでいた。

「まさか!!」
「そうだ。お前が逃がした魔族が仲間を呼び寄せたんだ」
「それなら、急いで戻らないと…」
「しっかりしろ!!」

急いで戻ろうとした剛剣士の動きが隊長の怒号で止まる。

「お前が急ぐ理由は何のためだ?」
「それは…」
「魔族と戦うためか? それとも少女を助けるためか?」
「!?」

剛剣士は振り返り、隊長の顔を見た。

「いったい…何を言っているんですか?」
「お前が存在する理由は戦うためだ。お前はそう訓練されてきたんだ。 それが無くなった瞬間、お前は自分の存在理由を失うぞ」

それを聞いた剛剣士の表情は曇っていった。しかし、隊長は気にせず言葉を続けた。

「分かったなら、ここで待つんだ。魔族は残った兵士でも防ぐことができる。いくらかの犠牲は出るだろうが…」

そう言うと、隊長は剛剣士に返事は無用とでも言うように背中を向けた。しかし、剛剣士の一言で隊長はまた振り返ることになった。

「俺の…俺が存在してる理由は…それだけですか?」 「何だと?」
「俺は…戦うためだけに存在しているんですか? それだけが俺の存在理由ですか?」
「そうだ。そう言っただろう」
「それなら…そんな理由なら…俺は、それを捨てます」
「お前!!…」
「隊長の言うことを聞いて、分かりました。 俺は戦いたいから戦ったんじゃないって。 守りたいもののために戦っていたんだって。 だから、その守りたいものが無いなら…俺がここにいる理由は無い!」

そう言い終えると同時に、剛剣士は村の方へ走って行った。

「待て!待つんだ!」

隊長の呼び止める声が聞こえるが、それは剛剣士の足をさらに速めるだけだった。


***


剛剣士が着いた時にはすでに多くの魔族と兵士が戦っており、阿鼻叫喚の状態だった。そんな戦場の中に見慣れた姿が横たわっていた。

「そんな…ダメだ!」

剛剣士は急いで少女の側へ行き、少女を抱きかかえる。

「嘘だ…嘘だ!」

少女の顔に付いた血を拭いながら、剛剣士は祈るように少女を呼んだが、少女は動かなかった。

「目を開けてくれ…頼む…」

剛剣士は少女を抱きかかえて涙を流した。

剛剣士はこの感触をよく知っていた。
今まで幾度と無く見てきた死体の感触そのものだったからだ。
それでも信じたくなかった…信じられなかった…

初めて自分が生きていることを教えてくれた存在が…もう生きていないということを…


***


少女が眠る墓は、土が小さく盛り上がっただけで一見墓には見えないほどだった。
碑石は無いが、その前に石像のように座っている剛剣士と彼が手に持つ笛が、ここが少女の墓であることを示していた。

もう何日も墓の前から一歩も動かない剛剣士を見ながら、隊長は近くの兵士に聞いた。

「相変わらず動いてないのか?」
「はい…」
「仕方ない…今回も我々だけで出るぞ」
「しかし、こちらの被害も日々増しております」
「仕方なかろう。あんな状態では戦うどころか戦場に連れて行くのも無理だ。ここが突破されれば首都にまで魔物が押し寄せてくる。我々はここを守るしかない」
「…」
「すまんが、もう少しだけ耐えてくれ…」

隊長の言葉に兵士は大きく肩を落とし、隊長はそんな兵士の肩を叩いて励ましたが、隊長自身も気落ちするのは一緒だった。

今までの成果は剛剣士がいたからこそ可能だったのだ。剛剣士が戦わなくなってからは多くの兵士たちが犠牲になったが、それでも剛剣士は動かなかった。すぐ近くで戦いが起き、兵士たちの悲鳴が鳴り響いて血しぶきを浴びようとも剛剣士は微動だにしなかった。

兵士の数は日々減っていき、季節も移り変わっていった。 剛剣士の肩に積もっていた落ち葉は白い雪に変わり、雪が解けて剛剣士の周りに春の新芽が生える頃には、多くの魔族とそれを上回る数の兵士が命を落とした。


*


これが最後の戦いになると感じた隊長は剛剣士のもとを訪れた。

「まだ動かないつもりか」
「…」

剛剣士は何も答えなかった。

「今度の戦いは…お前の力が絶対に必要だ。我々だけでは力不足だ」
「…」
「…どうか、来てくれ」
「…」
「…頼む」
「…」

なんの返答も聞けぬまま隊長は肩を落として去っていった。

サアアァ…

隊長が去った後の空間に風が通っていく。

サアァ…
サアアァ…

吹き抜ける風に剛剣士の髪が軽くなびくと、その瞬間剛剣士の体が少し動いた。

笛の音

風と共に聞こえてきたのは、少女がかつて聞かせてくれたあの音だ。


*


まるで古い石像を動かすように重々しく、しかしながら急いで振り向いた剛剣士の目の前には草原が広がっていた。

サアァ…

草原を通って風が剛剣士のもとに届くと、剛剣士の耳元には少女の笛の音が響き渡った。

赤く荒れていた大地は満開の花で埋め尽くされていた。いつの間にか少女と一緒に植えた種が芽吹き、花を咲かせていたのだ。

(この種は歌う花の種だよ。この種を植えて曲を聞かせれば、その曲を覚えて、花が咲く時に一度だけその曲を聞かせてくれるんだって!)

剛剣士は少女と共に植えた種と少女の言葉を思い出した。その時に植えた歌う花の種が…少女の笛の音を聞かせてくれていた。

そして、少女の声が聞こえてきた。

「おじさんが魔族を倒してくれたおかげで、新しい草が生え始めたの…みんなが傷つかないようになったから…私はすごくうれしいの」

その時、剛剣士は悟った。
自分が戦わなければならない理由を。
そして、守りたいこの地を。


***


「隊長!これ以上は…グハッ!!」

最後まで共に戦ってくれていた兵士が魔族の攻撃を受けて倒れた。残るは脚を斬られて動けない隊長のみとなった。

(ここまでか…)

隊長が自分に振り下ろされる魔族の攻撃に目を閉じて覚悟を決めたその時。

ドオオオォォン!!

とてつもない轟音と共に目を開けると、目の前にいた魔族たちが消えていた。そして立て続けに轟音が鳴り響き、自分を囲んでいた魔族たちが次々と消えていった。

「こ、これは…!」

隊長は倒されていく魔族とその悲鳴の中に、何年も見てきた姿を見つけた。

剛剣士が戦場に戻ってきたのだ。


***


少し前まで酷い悪臭を放ちながら唸り声を上げて押し寄せてきていた魔物の大群は、剛剣士によってなぎ払われあっという間に灰と化し消えていった。剛剣士の圧倒的な力を前に、言葉を失っていた隊長が足を引きずりながら剛剣士のもとへ行く。

「助かった…ありがとう…」
「…」
「一緒に来てくれるのか…?」

隊長の問いかけに、剛剣士は微かな笑みを浮かべた。

「ああ…そういうことか…」

答えは聞かなくても分かった。剛剣士は何も言わぬまま静かに歩き出した。
少しずつ遠ざかる剛剣士の背中を見守っていた隊長に、とても優しい、それでいて悲しい笛の音が聞こえてきた。

「これは…笛の音!?そんな…一体どこから…」

聞こえるはずの無い音に隊長は周りを見渡したが、見えるのは遠ざかっていく剛剣士のみで周りには誰も、何も無かった。
そして、ただ風が二人の間を吹き抜けていった。


- fin -