小説
黒風術士カムイ・マトウ:理由
イ・チャソン
パク・ヒョンウク

無言で我が子を見つめた父は、そのまま静かに抱き寄せた。子の額の傷からは血が流れ、あふれる涙をこらえるためにぎゅっと噛みしめた唇はぷっくりと腫れていた。言葉はなかったが、父は何があったのかを十分に理解していた。

***

その子供の母親は、村で崇められていた巫女だった。いつも正確だった彼女の占いのおかげで、村は幾多の凶事から救われてきた。しかし彼女は自らの死に関する占いだけは回避することができなかった。いや、わざと避けなかったというのが正しかったかもしれない。


彼女の死は、彼女が自分の子供を産んだ日に訪れた。彼女はまるで訪れる運命を知っていたかのように、子供の額にそっと口付けをすると、静かに現界での一生を終えた。夫は妻を失い、村は巫女を失った。

彼女の夫と村人は、その死を大変悲しみ、偲んだ。しかし、大切な人がこの世を去ったことを悲しむ彼女の夫とは異なり、村人はただ、村の吉凶を知らせてくれる占術家がいなくなったことに対して惜しんだだけだった。

*

幸か不幸か、生まれた子は母親の能力をそのまま受け継いでいた。その子が占いを通じて未来を見通す力があるということを知った村人は、またこの村に占術家が現れたことを喜んだ。


ただ、その子供の占いは当たらなかった。

最初の占いは、花が咲いたり実が熟したりするといったことだった。だが子供の占いによって出かけた村人たちは、花のつぼみや真っ青の実だけだったという報告とともに帰ってこなければならなかった。だが、これは些細な占いだったので、村人はあまり気にしなかった。

しかし雨が降るという次の予言のときは、それとは状況が異なっていた。長く日照りが続いていた。村人は雨が降ることを切に期待しながら待っていたため、雨が降るという子供の占いに、大きく心を揺さぶられて期待した。しかし次の日も、そのまた次の日が過ぎても、雨は降らなかった。三日が過ぎると村の住民の間で、近場から水を汲んでこようという者と、もう少しだけ待ってみようという者とで意見が分かれ始めた。だが、その後も雨は降らなかった。そしてまた更に一日が過ぎても依然として雨は降らず、子供の話を信じて待っていた村人たちは、農作物が全て干からびてしまうことに絶望した。
結局、雨はその後更に何日か過ぎてからやっと降り出した。

しかしこのときはまだ、村人たちは半信半疑でありながらも子供の話を信じていた。その後、猪が村を襲撃するという子供の占いを信じた住民たちは囲いを立てて歩哨を強化した。だが、子供が予言した日には何も起きなかった。そしてその翌日にも猪は現れなかった。
とうとう住民たちは子供を非難しはじめた。子供は確実に現れるから待ってほしいと伝えたのだが、村人はもうその子供の話を信じようとはしなかった。数日が経ちようやく猪が現れたときには、予言を外したその子がわざと猪を追い立てて村に連れてきたのではないかという噂話まで流れた。

村人はもうこれ以上、子供を信じなくなった。子供の占いは信頼を失い、信頼を失った預言者はただの嘘つきとなるだけだった
その子供を見かけると、村人たちは指を差してあざ笑った。石を投げつけることもあった。他人によって、あるいはその子自身によって、身体に生傷が絶えなくなり始めたのはこの頃からだった。

*

子供は自身の能力を恨んだ。自分を責め、傷つけることが増えた。その度に子供の父親は叱ったり、なだめたりもしながら子供に言い聞かせた。

「お前の占いは間違っているのではない。単に数日遅れるだけだ」

子供は、父親の話を理解することができなかった。日を言い当てることができない占いなんて、間違った占いだと思っていた。

子供はますます言葉を失っていった。占いについても人に話さなくなった。村人は、嘘に振り回されることが無くなって良かったと言った。ただ父親だけが、そんな子を見てやるせない思いを抱えていた。

*

幸いにも子供は父親が好きだった。父親も自分の息子を愛しており、信頼していた。父は暇さえあれば我が子に、どれだけ自分の子を愛しているのか、また、どれだけ大切に思っているのかを絶えず話して聞かせた。自分は嘘つきだと子供が言ったときも、父親はいつものようにこう言った。

「お前は、天が母さんを連れていったかわりに授けてくれた宝物だ。お前がこの世に来たのには、確かな理由があるのだよ」


幼い頃、酷く辛い時期を耐え忍ぶことができたのは、このような父親の話に支えられていたからであっただろう。

***

そんなある日のことだった。
お手玉のように、両手で小石を投げて一人で遊んでいた子供は、突然「あっ…」と言いながら倒れた。驚いた父親が直ぐに駆け付けて子供を抱き上げた。

「大丈夫か?怪我はないか?」

父親が心配そうに尋ねた。しかし衝撃と恐怖に包まれておびえる子供は、しばらく返事ができなかった。

「大丈夫…大丈夫だよ…」

父親はそんな我が子をあやすように、背中を優しくとんとんと叩きながら話しかけた。しかしそんな父親の声を聞きながらも子供はしばらく震えを止めることができなかった。小石を通じて子供の目に映ったのは、血を流して倒れている父親の死に関する占いであった。

*

「大丈夫だよね?僕の占いはいつも外れるんだから…嘘つきの詐欺師なんだもの、大丈夫だよね?そうだよね?」

子供は「そうだ」という答えを求めるように、願うように何度も尋ねた。しかし父は知っていた。単に数日の時差が存在するだけで、占いは絶対にはずれなかったということを。問いかけに返事をする代わりに、父親はやわらかい笑みを浮かべた。その時、全てを悟った子供は言葉を失った。
子供の目に涙が溜まり始め、あっという間に大粒の雫となってポロポロと流れ落ちた。父親はそんな子供の目を拭いてやり、ゆっくりと話しかけた。

「分かっているだろう?お前の占いはいつも当たっていたんだ。単に予言の日よりも数日遅れるだけだった。それは、占いがはずれているのではなくて、時間の猶予を与えてくれているだけに過ぎなかったんだ」
「時間?」
「そうだ。お前と私が、別れの準備をする時間のことだ」

子供は一瞬、悲壮な表情を浮かべ、そして直ぐに声を上げて泣き始めた。父親は泣き続ける子供を優しく抱きしめながら言った。

「大丈夫だ…大丈夫…」

*

それからの数日間は、二人にとっては寝る間もないくらいに忙しい日々だった。生きていくために習わなければならないことはあまりにも多かった。それに比べて、一日一日はあまりにも短かった。愛情を伝える時間さえも不足していた。

そうして、一日が過ぎ、また次の一日が過ぎた。
一日が無事に終わる度に、子供は自身の占いが間違っているようにと祈った。しかしかえってその都度、父親は子供を叱った。

「お前の能力は、お前自身が信じなければならない。自分で信じられない予言を、人がどうやって信じるというのだ!」

父親の話に、子供はぐっと涙をこらえながら首を縦に振った。父親はそんな子供の頭をとても誇らしげに撫でた。


そしてまた、一日が過ぎた。
そうやって…7日間が過ぎていった。

*

突然勃発した風雲戦争は、あっという間に全てのものを奪い去った。家は瓦礫となり村は燃えた。避ける間もなく崩れ落ちる残骸の下で、父親が子供を抱え込んだ。父親は息を引きとろうとするその最後の瞬間まで、子供のことだけを心配していた。

「いつか、お前も自分の最期を見る日が来るだろう…だがお前には準備をする時間が残っているのだということを、決して忘れてはいけないよ」

父親は、自分を見つめてとめどなく涙を流す子供のほおを撫でて、最後の言葉を残した。

「お前と共に過ごしたこの一週間は、本当に幸せだった…大事な大事な、俺の息子よ」

***

数日が過ぎた。

石の小山を作ってそれを墓の代わりにした子供は軽く礼をしてから振り返ると、生まれ育った村を離れた。生き残った村の住民から何処へ行くのかと尋ねられた彼は、占いを習うことができる場所へ向かうと答えた。

「僕の占いが何日か外れることにも、きっと何かの理由があるんだ」

その理由を知るために、彼は占術家としての道を歩むことを決意した。後に八部器才となるカムイ・マトウ…わずか7才だった頃の話である。

-終-